とすると、もっと時間の早い時に出直す方がいいのだけれども、しかしリリーに会える会えないは二の次として、久し振に女房の眼を偸んで、彼方此方を乗り廻せると云うことだけでも、愉快でたまらないのであった。
実際、今日を外してしまうと、こう云う時はもう半月待たないと来ないのである。
福子はおりおり親父の所へお小遣いをセビリに行くのだが、それが大体一と月に二度、お朔日前後と十五日前後とにきまっていて、行けば必ず夕飯を呼ばれ、早くて八九時頃に帰るのが例であるから、今日も今から三四時間は自由が楽しまれるのであって、もし自分さえ飢えと寒さに堪える覚悟なら、あの裏の空地に、少くとも二時間は立っている余裕があるのである。