そう思った途端に動悸が搏ち出して、鳩尾の辺がヒヤリとして、次の瞬間に直ぐ又がっかりさせられる。
こう云うと可笑しな話だけれども、まだ庄造はこんなヤキモキした心持を人間に対してさえ感じたことはないのであった。
せいぜいカフェエの女を相手に遊んだぐらいが関の山で、恋愛らしい経験と云えば、前の女房の眼を掠めて福子と逢引していた時代の、楽しいような、懊れったいような、変にわくわくした、落ち着かない気分、―――まああれぐらいなものなのだが、それでもあれは両方の親が内々で手引をしてくれ、品子の手前を巧く胡麻化してくれたので、無理な首尾をする必要もなく、夜露に打たれてアンパンを咬るような苦労をしないでもよかったのだから、それだけ真剣味に乏しく、逢いたさ見たさもこんなに一途ではなかったのであった。