小波山人が死ぬ時、「江見、己は先に行くよ」といったという話を聞いているから、当時水蔭はまだ生きていたはずなので、会って置けばよかったといまだにそう思う。
小栗風葉にもたった一遍、中央公論社がまだ本郷西片町の麻田氏の家の二階にあった時分、滝田樗陰に引き合わされてほんの二、三十分談話を交した。
露伴、藤村、鏡花、秋声等、昭和時代まで生存していた諸作家は別として、僅かに一、二回の面識があった人々は、この外に鴎外、敏、魯庵、天外、泡鳴、青果、武郎くらいなものである。
小波山人が死ぬ時、「江見、己は先に行くよ」といったという話を聞いているから、当時水蔭はまだ生きていたはずなので、会って置けばよかったといまだにそう思う。
小栗風葉にもたった一遍、中央公論社がまだ本郷西片町の麻田氏の家の二階にあった時分、滝田樗陰に引き合わされてほんの二、三十分談話を交した。
露伴、藤村、鏡花、秋声等、昭和時代まで生存していた諸作家は別として、僅かに一、二回の面識があった人々は、この外に鴎外、敏、魯庵、天外、泡鳴、青果、武郎くらいなものである。