玄関の板の間に座布団を出して私を坐らせ、自分は畳の方にいて、通せん坊をするように膝を乗り出して話を聞く。
時にはそんな風にして一時間以上もしゃべり続ける。
こっちから出かけて行くのは、どうせ原稿料の前借りをする時に決っていたが、或る時、多分借り越しが重なっていたのでもあろう、「ではこうして下さい」と、七子のかなり大型の両蓋の金時計を持って来て私に渡し、「麻田さん(当時の社長)にもそうたびたびはいいにくいから、これで一時都合して下さい」といったことがあった。
玄関の板の間に座布団を出して私を坐らせ、自分は畳の方にいて、通せん坊をするように膝を乗り出して話を聞く。
時にはそんな風にして一時間以上もしゃべり続ける。
こっちから出かけて行くのは、どうせ原稿料の前借りをする時に決っていたが、或る時、多分借り越しが重なっていたのでもあろう、「ではこうして下さい」と、七子のかなり大型の両蓋の金時計を持って来て私に渡し、「麻田さん(当時の社長)にもそうたびたびはいいにくいから、これで一時都合して下さい」といったことがあった。