尤も山城氏は生粋の浅草ッ児、樗陰は秋田の産であるから、樗陰の方がどこか荒削りなところがあり、山城氏のような円満柔和な相を具えてはいなかった。
言葉も最後までズウズウ弁が抜け切れなかった。
殊に耳についたのは、「だった」というのを「であった」といった。
尤も山城氏は生粋の浅草ッ児、樗陰は秋田の産であるから、樗陰の方がどこか荒削りなところがあり、山城氏のような円満柔和な相を具えてはいなかった。
言葉も最後までズウズウ弁が抜け切れなかった。
殊に耳についたのは、「だった」というのを「であった」といった。