というのは、手の早い草人は珊瑚にもチョッカイを出していたので、夫婦をアメリカへ立たせてしまえば、珊瑚を自由になし得るという腹であったかとも思える。
昔の雑誌編輯者というものは一見識を具えていて、なかなか圭角があった証拠として、樗陰の例を二つ三つ引いて置こう。
私が知っているのでは、樗陰が最も嫌っていたのは鈴木三重吉であった。
というのは、手の早い草人は珊瑚にもチョッカイを出していたので、夫婦をアメリカへ立たせてしまえば、珊瑚を自由になし得るという腹であったかとも思える。
昔の雑誌編輯者というものは一見識を具えていて、なかなか圭角があった証拠として、樗陰の例を二つ三つ引いて置こう。
私が知っているのでは、樗陰が最も嫌っていたのは鈴木三重吉であった。