しかしこの二人が不和になった原因は何であったか忘れたが、三重吉の次に樗陰と激しい衝突をしたのは小山内薫で、この場合は小山内の作品が樗陰の意に満たず、その理由を詳細に書き送って、原稿を突ッ返したのが事の起りであった。
この時のことを「滝田君を憶う」という題で小山内自ら書いているから、ちょっとその一部を引用すると、
「とうとう仲直りをせずにしまった。
しかしこの二人が不和になった原因は何であったか忘れたが、三重吉の次に樗陰と激しい衝突をしたのは小山内薫で、この場合は小山内の作品が樗陰の意に満たず、その理由を詳細に書き送って、原稿を突ッ返したのが事の起りであった。
この時のことを「滝田君を憶う」という題で小山内自ら書いているから、ちょっとその一部を引用すると、
「とうとう仲直りをせずにしまった。