私はしかし、当時スランプに陥っていて、我ながら自分の書くものが気に入らなかったので、樗陰の手紙にもそう腹は立てなかった。
で、「事実このところ巧く書けないで困っている、君の言にも一理はあると思う」というような返事を出した覚えがある。
喧嘩を売るといえば、大正五年に、生田長江が『新小説』の誌上に「自然主義前派の跳梁」という題で、白樺派――というよりは、主として武者小路実篤氏を目がけて凄じい攻撃の矢を放ったのは、頗る威勢のいいものだったので、忽ち文壇にセンセーションを捲き起した。
私はしかし、当時スランプに陥っていて、我ながら自分の書くものが気に入らなかったので、樗陰の手紙にもそう腹は立てなかった。
で、「事実このところ巧く書けないで困っている、君の言にも一理はあると思う」というような返事を出した覚えがある。
喧嘩を売るといえば、大正五年に、生田長江が『新小説』の誌上に「自然主義前派の跳梁」という題で、白樺派――というよりは、主として武者小路実篤氏を目がけて凄じい攻撃の矢を放ったのは、頗る威勢のいいものだったので、忽ち文壇にセンセーションを捲き起した。