私は最初から武者小路びいきだったので、長江の説には賛成出来ず、評論家があんなことを書いて一時の快を貪るのは自らを軽んずる所以である、もう二、三年も立てばどっちのいうことがほんとうか自然に分る、それこそ「時」が知らせてくれる、その場合のことを考えたらうっかりあんなことが書ける訳のものではない、と思っていたが、果して私の予想していた通りになった。
が、今から思い返してみると、長江があんな喧嘩を吹ッかける気になったのは、彼の病気が重な原因だったのではあるまいか。
つまり、これは私の臆測であるが、ハンセン氏病を病んでいた彼は、こんな病気に負けてなるものか、敢然として世に闘いを挑んでくれよう、という料簡から、恰好な挑戦の相手として白樺派に白羽の矢を立てたのではあるまいか。