彼にしてみれば、これも「病気に負けてなるものか」という心理が働いていたのかも知れないが、彼がわれわれから嫌われたのは、そういう行為が重な原因であったと思う。
私なども、彼と食事を共にするようなハメになることを努めて避けていたが、『中外』の内藤民治氏に誘われて、やむをえず赤坂や新橋のお茶屋へ彼と同行したことが二、三度はある。
長江の顔はまだその時分はそれと分るように相好が崩れてはいなかったが、両方の眉根の上に赤くテラテラした角が出来、手の指が二、三本硬直して動かなくなっていた。
彼にしてみれば、これも「病気に負けてなるものか」という心理が働いていたのかも知れないが、彼がわれわれから嫌われたのは、そういう行為が重な原因であったと思う。
私なども、彼と食事を共にするようなハメになることを努めて避けていたが、『中外』の内藤民治氏に誘われて、やむをえず赤坂や新橋のお茶屋へ彼と同行したことが二、三度はある。
長江の顔はまだその時分はそれと分るように相好が崩れてはいなかったが、両方の眉根の上に赤くテラテラした角が出来、手の指が二、三本硬直して動かなくなっていた。