そういえば、長江には可愛いお嬢さんがいたので、われわれは蔭ながら心配をし、病気が移らないうちに何とかあの児を別居させてしまう方がよくはないか、その方があの児のためにも長江のためにも結局は幸福なのではないか、誰かが思い切って長江に忠告したらどうか、と、よくそういっていたものだが、長江と最も親しくしていた中村古峡が遂にその話を切り出したことがあった。
すると長江は、「僕は僕の病気のことを世間が知っていることもよく知っている。
しかしそういう世間と闘うことを唯一の生き甲斐にして生きて来た。
そういえば、長江には可愛いお嬢さんがいたので、われわれは蔭ながら心配をし、病気が移らないうちに何とかあの児を別居させてしまう方がよくはないか、その方があの児のためにも長江のためにも結局は幸福なのではないか、誰かが思い切って長江に忠告したらどうか、と、よくそういっていたものだが、長江と最も親しくしていた中村古峡が遂にその話を切り出したことがあった。
すると長江は、「僕は僕の病気のことを世間が知っていることもよく知っている。
しかしそういう世間と闘うことを唯一の生き甲斐にして生きて来た。