あの児を僕から奪おうというのは残酷だ」といって声涙共に下ったので、古峡も気の毒で溜らなくなり、返す言葉もなく引き下ったという。
長江の亡くなったのは昭和十一年、今から二十三年前であるが、あの時のあのお嬢さんはどうしておられるであろうかと、この頃でもときどき思い出すことがある。
(昭和三十四年九月稿)
あの児を僕から奪おうというのは残酷だ」といって声涙共に下ったので、古峡も気の毒で溜らなくなり、返す言葉もなく引き下ったという。
長江の亡くなったのは昭和十一年、今から二十三年前であるが、あの時のあのお嬢さんはどうしておられるであろうかと、この頃でもときどき思い出すことがある。
(昭和三十四年九月稿)