私がそれを再び取り上げて読者の興味に訴える所以は、当時新聞にはいろいろの記事が現われたけれども、いずれもあの事件を正当に観察していなかった、徒らに誇張した形容詞を並べ、その血なまぐさい光景や、「凶暴を極め、惨虐を極め」た「奸佞なる」犯罪を書き立てたのみで、あの事件が第二のクリップン事件であり、マゾヒストの殺人であるという点に、特別な注意と理解を向けた新聞紙はなかったように、考えられるからである。
それに事件が関西でのことであるから、東京の新聞は軽く取り扱っていたので、知らない人も多いに違いない。
私はそれを探偵小説的に書くのが目的ではなく、記録に基いて事実を集め、既に知られた材料を私一流の見方によって整理してみる、つまり与えられた事柄の中心を置き換えてみる、そうして出来るだけ簡結に、要約的に諸君の前へ列べてみようというのである。