こう云う次第だったから、一学期の雇庸期間がすぎて、再び毛利先生の姿を見る事が出来なくなってしまった時も、自分たちは喜びこそすれ、決して惜しいなどとは思わなかった。
いや、その喜ぶと云う気さえ出なかったほど、先生の去就には冷淡だったと云えるかも知れない。
殊に自分なぞはそれから七八年、中学から高等学校、高等学校から大学と、次第に成人になるのに従って、そう云う先生の存在自身さえ、ほとんど忘れてしまうくらい、全然何の愛惜も抱かなかったものである。
こう云う次第だったから、一学期の雇庸期間がすぎて、再び毛利先生の姿を見る事が出来なくなってしまった時も、自分たちは喜びこそすれ、決して惜しいなどとは思わなかった。
いや、その喜ぶと云う気さえ出なかったほど、先生の去就には冷淡だったと云えるかも知れない。
殊に自分なぞはそれから七八年、中学から高等学校、高等学校から大学と、次第に成人になるのに従って、そう云う先生の存在自身さえ、ほとんど忘れてしまうくらい、全然何の愛惜も抱かなかったものである。