それより以前にも、垂仁紀を見ると、八十七年、丹波の国の甕襲と云う人の犬が、貉を噛み食したら、腹の中に八尺瓊曲玉があったと書いてある。
この曲玉は馬琴が、八犬伝の中で、八百比丘尼妙椿を出すのに借用した。
が、垂仁朝の貉は、ただ肚裡に明珠を蔵しただけで、後世の貉の如く変化自在を極めた訳ではない。
それより以前にも、垂仁紀を見ると、八十七年、丹波の国の甕襲と云う人の犬が、貉を噛み食したら、腹の中に八尺瓊曲玉があったと書いてある。
この曲玉は馬琴が、八犬伝の中で、八百比丘尼妙椿を出すのに借用した。
が、垂仁朝の貉は、ただ肚裡に明珠を蔵しただけで、後世の貉の如く変化自在を極めた訳ではない。