邪宗門の宗徒とは申しながら、親心に二無き体相見え、多少とも哀れには存じ候へども、私情を以て、公道を廃す可らざるの道理に候へば、如何様申し候うても、ころび候上ならでは、検脈叶難き旨、申し張り候所、篠、何とも申し様無き顔を致し、少時私顔を見つめ居り候が、突然涙をはらはらと落し、私足下に手をつき候うて、何やら蚊の様なる声にて申し候へども、折からの大雨の音にて、確と聞き取れ申さず、再三聞き直し候上、漸、然らば詮無く候へば、ころび候可き趣、判然致し候。
なれどもころび候実証無之候へば、右証明を立つ可き旨、申し聞け候所、篠、無言の儘、懐中より、彼くるすを取り出し、玄関式台上へ差し置き候うて、静に三度まで踏み候。
其節は格別取乱したる気色も無之、涙も既に乾きし如く思はれ候へども、足下のくるすを眺め候眼の中、何となく熱病人の様にて、私方下男など、皆々気味悪しく思ひし由に御座候。