追つて、翌十日は、朝来小雨有之候へども辰の下刻より春雷を催し、稍、晴れ間相きざし候折から――村郷士梁瀬金十郎殿より、迎への馬差し遣はされ、検脈致し呉れ候様、申し越され候間、早速馬上にて、私宅を立ち出で候所、篠宅の前へ来かかり候へば、村方の人々大勢佇み居り、伴天連よ、切支丹よなど、罵り交し候うて、馬を進め候事さへ叶ひ申さず、依つて、私馬上より、家内の容子差し覗き候所、篠宅の戸を開け放ち候中に、紅毛人一名、日本人三名、各々法衣めきし黒衣を着し候者共、手に手に彼くるす、乃至は香炉様の物を差しかざし候うて、同音に、はるれや、はるれやと唱へ居り候。
加之、右紅毛人の足下には、篠、髪を乱し候儘、娘里を掻き抱き候うて、失神致し候如く、蹲り居り候。
別して、私眼を驚かし候は、里、両手にてひしと、篠頸を抱き居り、母の名とはるれやと、代る代る、あどけ無き声にて、唱へ居りし事に御座候。