迷惑は聞えておりますが、迷惑と感じる人が、各々自己に相当の評価的標準を具して、その標準で評価しつつ作に向うか向わないかが疑問であります。
もし向わないとすると、(全然この態度を滅却する事は不可能でありますが、もし真を本位として著作に向うと、思ったよりも評価的神経は遅鈍になります)その結果は人間がだんだん不具になります。
自己の趣味は――趣味のない人は全然ありませんが――同趣味のものと、接触するために、涵養を受けるので、また異趣味のものに逢着するために啓発されるので、また高い趣味に引きつけられるがために、向上化するのであります。