ちょうど、夏川の水から生まれる黒蜻蛉の羽のような、おののきやすい少年の心は、そのたびに新たな驚異の眸を見はらずにはいられないのである。
ことに夜網の船の舷に倚って、音もなく流れる、黒い川をみつめながら、夜と水との中に漂う「死」の呼吸を感じた時、いかに自分は、たよりのないさびしさに迫られたことであろう。
大川の流れを見るごとに、自分は、あの僧院の鐘の音と、鵠の声とに暮れて行くイタリアの水の都――バルコンにさく薔薇も百合も、水底に沈んだような月の光に青ざめて、黒い柩に似たゴンドラが、その中を橋から橋へ、夢のように漕いでゆく、ヴェネチアの風物に、あふるるばかりの熱情を注いだダンヌンチョの心もちを、いまさらのように慕わしく、思い出さずにはいられないのである。