自分が子供の時に比べれば、河の流れも変わり、芦荻の茂った所々の砂洲も、跡かたなく埋められてしまったが、この二つの渡しだけは、同じような底の浅い舟に、同じような老人の船頭をのせて、岸の柳の葉のように青い河の水を、今も変わりなく日に幾度か横ぎっているのである。
自分はよく、なんの用もないのに、この渡し船に乗った。
水の動くのにつれて、揺籃のように軽く体をゆすられるここちよさ。
自分が子供の時に比べれば、河の流れも変わり、芦荻の茂った所々の砂洲も、跡かたなく埋められてしまったが、この二つの渡しだけは、同じような底の浅い舟に、同じような老人の船頭をのせて、岸の柳の葉のように青い河の水を、今も変わりなく日に幾度か横ぎっているのである。
自分はよく、なんの用もないのに、この渡し船に乗った。
水の動くのにつれて、揺籃のように軽く体をゆすられるここちよさ。