といって潮の満干を全く感じない上流の川の水は、言わばエメラルドの色のように、あまりに軽く、余りに薄っぺらに光りすぎる。
ただ淡水と潮水とが交錯する平原の大河の水は、冷やかな青に、濁った黄の暖かみを交えて、どことなく人間化された親しさと、人間らしい意味において、ライフライクな、なつかしさがあるように思われる。
ことに大川は、赭ちゃけた粘土の多い関東平野を行きつくして、「東京」という大都会を静かに流れているだけに、その濁って、皺をよせて、気むずかしいユダヤの老爺のように、ぶつぶつ口小言を言う水の色が、いかにも落ついた、人なつかしい、手ざわりのいい感じを持っている。