しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。
吾妻橋、厩橋、両国橋の間、香油のような青い水が、大きな橋台の花崗石とれんがとをひたしてゆくうれしさは言うまでもない。
岸に近く、船宿の白い行灯をうつし、銀の葉うらを翻す柳をうつし、また水門にせかれては三味線の音のぬるむ昼すぎを、紅芙蓉の花になげきながら、気のよわい家鴨の羽にみだされて、人けのない廚の下を静かに光りながら流れるのも、その重々しい水の色に言うべからざる温情を蔵していた。
しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。
吾妻橋、厩橋、両国橋の間、香油のような青い水が、大きな橋台の花崗石とれんがとをひたしてゆくうれしさは言うまでもない。
岸に近く、船宿の白い行灯をうつし、銀の葉うらを翻す柳をうつし、また水門にせかれては三味線の音のぬるむ昼すぎを、紅芙蓉の花になげきながら、気のよわい家鴨の羽にみだされて、人けのない廚の下を静かに光りながら流れるのも、その重々しい水の色に言うべからざる温情を蔵していた。