去んぬる長光寺の城攻めの折も、夫は博奕に負けましたために、馬はもとより鎧兜さえ奪われて居ったそうでございます。
それでも合戦と云う日には、南無阿弥陀仏と大文字に書いた紙の羽織を素肌に纏い、枝つきの竹を差し物に代え、右手に三尺五寸の太刀を抜き、左手に赤紙の扇を開き、『人の若衆を盗むよりしては首を取らりょと覚悟した』と、大声に歌をうたいながら、織田殿の身内に鬼と聞えた柴田の軍勢を斬り靡けました。
それを何ぞや天主ともあろうに、たとい磔木にかけられたにせよ、かごとがましい声を出すとは見下げ果てたやつでございます。