かわりめ毎に覗き覗きした芝居も、成田屋や五代目がなくなってからは、行く張合がなくなったのであろう。
今も、黄いろい秩父の対の着物に茶博多の帯で、末座にすわって聞いているのを見ると、どうしても、一生を放蕩と遊芸とに費した人とは思われない。
中洲の大将や小川の旦那が、「房さん、板新道の――何とか云った…そうそう八重次お菊。
かわりめ毎に覗き覗きした芝居も、成田屋や五代目がなくなってからは、行く張合がなくなったのであろう。
今も、黄いろい秩父の対の着物に茶博多の帯で、末座にすわって聞いているのを見ると、どうしても、一生を放蕩と遊芸とに費した人とは思われない。
中洲の大将や小川の旦那が、「房さん、板新道の――何とか云った…そうそう八重次お菊。