磯山の若葉の上には、もう夏らしい海雲が簇々と空に去来していると云う事、その雲の下に干してある珊瑚採取の絹糸の網が、眩く日に光っていると云う事、自分もいつか叔父の持ち船にでも乗せて貰って、深海の底から珊瑚の枝を曳き上げたいと思っていると云う事――すべてが哲学者と云うよりは、むしろ詩人にふさわしい熱情の表現とも云わるべき性質のものだった。
俊助にはこの絢爛たる文句の中に、現在の野村の心もちが髣髴出来るように感ぜられた。
それは初子に対する純粋な愛が遍照している心もちだった。
磯山の若葉の上には、もう夏らしい海雲が簇々と空に去来していると云う事、その雲の下に干してある珊瑚採取の絹糸の網が、眩く日に光っていると云う事、自分もいつか叔父の持ち船にでも乗せて貰って、深海の底から珊瑚の枝を曳き上げたいと思っていると云う事――すべてが哲学者と云うよりは、むしろ詩人にふさわしい熱情の表現とも云わるべき性質のものだった。
俊助にはこの絢爛たる文句の中に、現在の野村の心もちが髣髴出来るように感ぜられた。
それは初子に対する純粋な愛が遍照している心もちだった。