巴毗弇は当初南蛮寺に住した天主教徒であったが、その後何かの事情から、DS 如来を捨てて仏門に帰依する事になった。
書中に云っている所から推すと、彼は老儒の学にも造詣のある、一かどの才子だったらしい。
破提宇子の流布本は、華頂山文庫の蔵本を、明治戊辰の頃、杞憂道人鵜飼徹定の序文と共に、出版したものである。
巴毗弇は当初南蛮寺に住した天主教徒であったが、その後何かの事情から、DS 如来を捨てて仏門に帰依する事になった。
書中に云っている所から推すと、彼は老儒の学にも造詣のある、一かどの才子だったらしい。
破提宇子の流布本は、華頂山文庫の蔵本を、明治戊辰の頃、杞憂道人鵜飼徹定の序文と共に、出版したものである。