今、事の序なれば、わが「じゃぼ」に会いし次第、南蛮の語にては「あぼくりは」とも云うべきを、あらあら下に記し置かん。
年月のほどは、さる可き用もなければ云わず。
とある年の秋の夕暮、われ独り南蛮寺の境内なる花木の茂みを歩みつつ、同じく切支丹宗門の門徒にして、さるやんごとなきあたりの夫人が、涙ながらの懺悔を思いめぐらし居たる事あり。
今、事の序なれば、わが「じゃぼ」に会いし次第、南蛮の語にては「あぼくりは」とも云うべきを、あらあら下に記し置かん。
年月のほどは、さる可き用もなければ云わず。
とある年の秋の夕暮、われ独り南蛮寺の境内なる花木の茂みを歩みつつ、同じく切支丹宗門の門徒にして、さるやんごとなきあたりの夫人が、涙ながらの懺悔を思いめぐらし居たる事あり。