そこで奈良の町のものが、これに諢名をつけまして、鼻蔵――と申しますのは、元来大鼻の蔵人得業と呼ばれたのでございますが、それではちと長すぎると申しますので、やがて誰云うとなく鼻蔵人と申し囃しました。
が、しばらく致しますと、それでもまだ長いと申しますので、さてこそ鼻蔵鼻蔵と、謡われるようになったのでございます。
現に私も一両度、その頃奈良の興福寺の寺内で見かけた事がございますが、いかさま鼻蔵とでも譏られそうな、世にも見事な赤鼻の天狗鼻でございました。
そこで奈良の町のものが、これに諢名をつけまして、鼻蔵――と申しますのは、元来大鼻の蔵人得業と呼ばれたのでございますが、それではちと長すぎると申しますので、やがて誰云うとなく鼻蔵人と申し囃しました。
が、しばらく致しますと、それでもまだ長いと申しますので、さてこそ鼻蔵鼻蔵と、謡われるようになったのでございます。
現に私も一両度、その頃奈良の興福寺の寺内で見かけた事がございますが、いかさま鼻蔵とでも譏られそうな、世にも見事な赤鼻の天狗鼻でございました。