李は、この老人を見た時に、何とか語をかけなければ、ならないような気がした。
一つには、濡鼠になった老人の姿が、幾分の同情を動かしたからで、また一つには、世故がこう云う場合に、こっちから口を切る習慣を、いつかつけてしまったからである。
あるいは、また、そのほかに、始めの無気味な心もちを忘れようとする努力が、少しは加わっていたかも知れない。
李は、この老人を見た時に、何とか語をかけなければ、ならないような気がした。
一つには、濡鼠になった老人の姿が、幾分の同情を動かしたからで、また一つには、世故がこう云う場合に、こっちから口を切る習慣を、いつかつけてしまったからである。
あるいは、また、そのほかに、始めの無気味な心もちを忘れようとする努力が、少しは加わっていたかも知れない。