韶を聞いて肉味を忘れるのは聖人のみに出来る離れ業である。
僕は駱駝のシヤツの下に一匹の蚤でも感じたが最後、たとひ坂田藤十郎の演ずる「藤十郎の恋」を見せられたにしろ、到底安閑と舞台の上へ目などを注いでゐる余裕はない。
況や胃嚢を押し浸した酸はあらゆる享楽を不可能にしてゐた。
韶を聞いて肉味を忘れるのは聖人のみに出来る離れ業である。
僕は駱駝のシヤツの下に一匹の蚤でも感じたが最後、たとひ坂田藤十郎の演ずる「藤十郎の恋」を見せられたにしろ、到底安閑と舞台の上へ目などを注いでゐる余裕はない。
況や胃嚢を押し浸した酸はあらゆる享楽を不可能にしてゐた。