吾れ談を費すに及ばず」の言葉は賛辞かどうか疑問である。
或は生死の一大事をも外に、多聞を愛するディレツタントへ一棒を加へたものだつたかも知れない。
しかも一棒を加へられたにもせよ、如何に巽斎の支那風に精通してゐたかと云ふことは疑ひを容れない事実である。
吾れ談を費すに及ばず」の言葉は賛辞かどうか疑問である。
或は生死の一大事をも外に、多聞を愛するディレツタントへ一棒を加へたものだつたかも知れない。
しかも一棒を加へられたにもせよ、如何に巽斎の支那風に精通してゐたかと云ふことは疑ひを容れない事実である。