これはさらに自分の思い出したくないことであるが、おそらくその時の自分は、いかにも偉大な思想家の墓前を訪うらしい、思わせぶりな感傷に充ち満ちていたことだろうと思う。
ことによるとそのあとで、「竜華寺に詣ずるの記」くらいは、惻々たる哀怨の辞をつらねて、書いたことがあるかもしれない。
ところがこのごろになって、あの近所を通ったついでに、ふと樗牛のことを思い出して、また竜華寺へ出かけて行った。
これはさらに自分の思い出したくないことであるが、おそらくその時の自分は、いかにも偉大な思想家の墓前を訪うらしい、思わせぶりな感傷に充ち満ちていたことだろうと思う。
ことによるとそのあとで、「竜華寺に詣ずるの記」くらいは、惻々たる哀怨の辞をつらねて、書いたことがあるかもしれない。
ところがこのごろになって、あの近所を通ったついでに、ふと樗牛のことを思い出して、また竜華寺へ出かけて行った。