彼が「板倉家の大久保彦左」などと呼ばれていたのも、完くこの忠諫を進める所から来た渾名である。
林右衛門は、修理の逆上が眼に見えて、進み出して以来、夜の目も寝ないくらい、主家のために、心を煩わした。
――既に病気が本復した以上、修理は近日中に病緩の御礼として、登城しなければならない筈である。
彼が「板倉家の大久保彦左」などと呼ばれていたのも、完くこの忠諫を進める所から来た渾名である。
林右衛門は、修理の逆上が眼に見えて、進み出して以来、夜の目も寝ないくらい、主家のために、心を煩わした。
――既に病気が本復した以上、修理は近日中に病緩の御礼として、登城しなければならない筈である。