恐らく彼は、神明の加護と自分の赤誠とで、修理の逆上の鎮まるように祈るよりほかは、なかったのであろう。
その年の八月一日、徳川幕府では、所謂八朔の儀式を行う日に、修理は病後初めての出仕をした。
そうして、その序に、当時西丸にいた、若年寄の板倉佐渡守を訪うて、帰宅した。
恐らく彼は、神明の加護と自分の赤誠とで、修理の逆上の鎮まるように祈るよりほかは、なかったのであろう。
その年の八月一日、徳川幕府では、所謂八朔の儀式を行う日に、修理は病後初めての出仕をした。
そうして、その序に、当時西丸にいた、若年寄の板倉佐渡守を訪うて、帰宅した。