氏自身のみを語る役割が、己自身を語る性格の代りに続々としてそこへはいつて来た。
しかもそこに語られた思想なり感情なりは、必然性に乏しい戯曲的な表現を借りてゐるだけ、それだけ一層氏の「雑感」に書かれたものより稀薄だつた。
「或家庭」の昔から氏の作品に親しんでゐた我々は、その頃の――「その妹」の以後のかう云ふ氏の傾向には、慊らない所が多かつた。
氏自身のみを語る役割が、己自身を語る性格の代りに続々としてそこへはいつて来た。
しかもそこに語られた思想なり感情なりは、必然性に乏しい戯曲的な表現を借りてゐるだけ、それだけ一層氏の「雑感」に書かれたものより稀薄だつた。
「或家庭」の昔から氏の作品に親しんでゐた我々は、その頃の――「その妹」の以後のかう云ふ氏の傾向には、慊らない所が多かつた。