もしまたしまいまで御聞きになった上でも、やはり鶴屋南北以来の焼酎火の匀がするようだったら、それは事件そのものに嘘があるせいと云うよりは、むしろ私の申し上げ方が、ポオやホフマンの塁を摩すほど、手に入っていない罪だろうと思います。
何故と云えば一二年以前、この事件の当事者が、ある夏の夜私と差向いで、こうこう云う不思議に出遇った事があると、詳しい話をしてくれた時には、私は今でも忘れられないほど、一種の妖気とも云うべき物が、陰々として私たちのまわりを立て罩めたような気がしたのですから。
この当事者と云う男は、平常私の所へ出入をする、日本橋辺のある出版書肆の若主人で、ふだんは用談さえすませてしまうと、匇々帰ってしまうのですが、ちょうどその夜は日の暮からさっと一雨かかったので、始は雨止みを待つ心算ででも、いつになく腰を落着けたのでしょう。