もしあらゆる執着に罪障を見出した謡曲の作者にこの一段を語つたとすれば、芭蕉は必ず行脚の僧に地獄の苦艱を訴へる後ジテの役を与へられたであらう。
かう云ふ情熱を世捨人に見るのは矛盾と云へば矛盾である。
しかしこれは矛盾にもせよ、たまたま芭蕉の天才を物語るものではないであらうか?
もしあらゆる執着に罪障を見出した謡曲の作者にこの一段を語つたとすれば、芭蕉は必ず行脚の僧に地獄の苦艱を訴へる後ジテの役を与へられたであらう。
かう云ふ情熱を世捨人に見るのは矛盾と云へば矛盾である。
しかしこれは矛盾にもせよ、たまたま芭蕉の天才を物語るものではないであらうか?