七合は残たりと申されけり。
かう云ふ芭蕉の逸話を見ると、如何にも芭蕉は未来の俳諧を歴々と見透してゐたやうである。
又大勢の門人の中には義理にも一変したいと工夫したり、残りの七合を拵へるものは自分の外にないと己惚れたり、いろいろの喜劇も起つたかも知れぬ。
七合は残たりと申されけり。
かう云ふ芭蕉の逸話を見ると、如何にも芭蕉は未来の俳諧を歴々と見透してゐたやうである。
又大勢の門人の中には義理にも一変したいと工夫したり、残りの七合を拵へるものは自分の外にないと己惚れたり、いろいろの喜劇も起つたかも知れぬ。