第二によし又告白だつたにせよ、案外昔の衆道好きは今の衆道好きではなかつたかも知れない。
いや、今も衆道好きだつたとすれば、何も特に「昔は」と断る必要もない筈である。
しかも芭蕉は「貝おほひ」を出した寛文十一年の正月にもやつと二十九歳だつたのを思ふと、昔と云ふのも「春の目ざめ」以後数年の間を指してゐるであらう。
第二によし又告白だつたにせよ、案外昔の衆道好きは今の衆道好きではなかつたかも知れない。
いや、今も衆道好きだつたとすれば、何も特に「昔は」と断る必要もない筈である。
しかも芭蕉は「貝おほひ」を出した寛文十一年の正月にもやつと二十九歳だつたのを思ふと、昔と云ふのも「春の目ざめ」以後数年の間を指してゐるであらう。