しかも意力そのもののやうに一度も左顧右眄したことはなかつた。
「タイイス」の中のパフヌシユは神に祈らずに人の子だつたナザレの基督に祈つてゐる。
僕のいつも森先生に近づき難い心もちを持つてゐるのは或はかう云ふパフヌシユに近い歎息を感じてゐる為であらう。
しかも意力そのもののやうに一度も左顧右眄したことはなかつた。
「タイイス」の中のパフヌシユは神に祈らずに人の子だつたナザレの基督に祈つてゐる。
僕のいつも森先生に近づき難い心もちを持つてゐるのは或はかう云ふパフヌシユに近い歎息を感じてゐる為であらう。