倉井村と云えば長窪から五里に足りない山村である。
その上笹山村に隣り合っているから、小径も知らないのは一つもない。
(地図参照)伝吉は現在平四郎の浄観と云っているのも確かめた上、安政六年九月七日、菅笠をかぶり、旅合羽を着、相州無銘の長脇差をさし、たった一人仇打ちの途に上った。
倉井村と云えば長窪から五里に足りない山村である。
その上笹山村に隣り合っているから、小径も知らないのは一つもない。
(地図参照)伝吉は現在平四郎の浄観と云っているのも確かめた上、安政六年九月七日、菅笠をかぶり、旅合羽を着、相州無銘の長脇差をさし、たった一人仇打ちの途に上った。