(地図参照)伝吉は現在平四郎の浄観と云っているのも確かめた上、安政六年九月七日、菅笠をかぶり、旅合羽を着、相州無銘の長脇差をさし、たった一人仇打ちの途に上った。
父の伝三の打たれた年からやっと二十三年目に本懐を遂げようとするのである。
伝吉の倉井村へはいったのは戌の刻を少し過ぎた頃だった。
(地図参照)伝吉は現在平四郎の浄観と云っているのも確かめた上、安政六年九月七日、菅笠をかぶり、旅合羽を着、相州無銘の長脇差をさし、たった一人仇打ちの途に上った。
父の伝三の打たれた年からやっと二十三年目に本懐を遂げようとするのである。
伝吉の倉井村へはいったのは戌の刻を少し過ぎた頃だった。