当時バルザツクが定めた印税は、オクタヴオ版三フラン半の本一冊につき、定価の一割を支払ふのだつた。
して見ればまづ日本の作家が、現在取つてゐる印税と大差がなかつた訣である。
が、これがバルザツクがユウジエニエ・グランデエを書いた時分だから、千八百三十二年か三年頃の話である。
当時バルザツクが定めた印税は、オクタヴオ版三フラン半の本一冊につき、定価の一割を支払ふのだつた。
して見ればまづ日本の作家が、現在取つてゐる印税と大差がなかつた訣である。
が、これがバルザツクがユウジエニエ・グランデエを書いた時分だから、千八百三十二年か三年頃の話である。