それを五十円に値切りたいのは、僕に余財のない悲しさである。
しかし大雅の画品を思へば、たとへば五百万円を投ずるのも、僕のやうに五十円を投ずるのも、安いと云ふ点では同じかも知れぬ。
芸術品の価値も小切手や紙幣に換算出来ると考へるのは、度し難い俗物ばかりだからである。
それを五十円に値切りたいのは、僕に余財のない悲しさである。
しかし大雅の画品を思へば、たとへば五百万円を投ずるのも、僕のやうに五十円を投ずるのも、安いと云ふ点では同じかも知れぬ。
芸術品の価値も小切手や紙幣に換算出来ると考へるのは、度し難い俗物ばかりだからである。