しかもジユルナアル・デ・サヴアンは、当時発行された唯一の新聞であり、その評論の載つたのは、千六百六十五年三月九日だと云ふのだから、作家の評論を利用するのも、ずいぶん淵源は古いものである。
僕はロシユフウコオルの格言を思ひながら、この記事を読んだ時、実際苦笑せずにはゐられなかつた。
それを思へば日本の文壇は、新開地だけに悪風も少い。
しかもジユルナアル・デ・サヴアンは、当時発行された唯一の新聞であり、その評論の載つたのは、千六百六十五年三月九日だと云ふのだから、作家の評論を利用するのも、ずいぶん淵源は古いものである。
僕はロシユフウコオルの格言を思ひながら、この記事を読んだ時、実際苦笑せずにはゐられなかつた。
それを思へば日本の文壇は、新開地だけに悪風も少い。