与へられた条件の内に、俊寛の解釈を試みる以上、これだけは保存せねばならぬからである。
丁度その場合と同じやうに、倉田氏と菊池氏との立ち場の相違も、やはり盛衰記の記事を変更した、その変更のし方に見えるかも知れぬ。
倉田氏が俊寛の娘を死んだ事にしたり、菊池氏が島を豊沃の地にしたり、――それらは皆両氏の俊寛、――「苦しめる俊寛」と「苦しまざる俊寛」とを描出するに便だつた為であらう。
与へられた条件の内に、俊寛の解釈を試みる以上、これだけは保存せねばならぬからである。
丁度その場合と同じやうに、倉田氏と菊池氏との立ち場の相違も、やはり盛衰記の記事を変更した、その変更のし方に見えるかも知れぬ。
倉田氏が俊寛の娘を死んだ事にしたり、菊池氏が島を豊沃の地にしたり、――それらは皆両氏の俊寛、――「苦しめる俊寛」と「苦しまざる俊寛」とを描出するに便だつた為であらう。