を書いてゐるのを見ると、今迄の計画で書く気がすつかりなくなつてしまつた。
そこで今度は、芭蕉の死骸を船に乗せて伏見へ上ぼつて行くその途中にシインを取つて、そして、弟子達の心持を書かうとした。
それが当時(大正七年の九月)の「新小説」に出る筈になつてゐたのであつたが、初めの計画が変つたので、締切が近づいてもどうしても書けなかつた。
を書いてゐるのを見ると、今迄の計画で書く気がすつかりなくなつてしまつた。
そこで今度は、芭蕉の死骸を船に乗せて伏見へ上ぼつて行くその途中にシインを取つて、そして、弟子達の心持を書かうとした。
それが当時(大正七年の九月)の「新小説」に出る筈になつてゐたのであつたが、初めの計画が変つたので、締切が近づいてもどうしても書けなかつた。