だから馬琴は、この年まで自分の読本に対する悪評は、なるべく読まないように心がけて来た。
が、そう思いながらもまた、一方には、その悪評を読んでみたいという誘惑がないでもない。
今、この風呂で、この小銀杏の悪口を聞くようになったのも、半ばはその誘惑におちいったからである。
だから馬琴は、この年まで自分の読本に対する悪評は、なるべく読まないように心がけて来た。
が、そう思いながらもまた、一方には、その悪評を読んでみたいという誘惑がないでもない。
今、この風呂で、この小銀杏の悪口を聞くようになったのも、半ばはその誘惑におちいったからである。