佐藤春夫君がプロレタリア文学には生々しい実感がなければならないといつたのも要するにいゝものを、すぐれたプロレタリア文学を求めんとする所の叫びに外ならないと思ふ。
私が文壇においてプロレタリア文学の叫びは三四年来耳にするのであるが、私の目する所をもつてすれば私達の胸を打つプロレタリア文学なるものは未だ嘗て現れないやうであり、又同時にプロレタリア文学は誰の人によつても未だ形ちをもつに至らざる処女地のやうなものであると思ふ。
私達今の作家の多くが所謂ブルヂヨア的である故にこれから新しい文学を樹立せんとする新人は大いにプロレタリア文学の処女地を開拓すべきであらうと思ふ。