所謂理智の逞ましさにかけては、文壇でも菊池の向うを張れる人は、数えるほどもないに違いない。
何時か雨の降る日に、菊池と外を歩いていたことがある。
僕はその時、ぬかるみに電車の影が映ったり、雨にぬれた洋傘が光ったりするのに感服していたが、菊池は軒先の看板や標札を覗いては、苗字の読み方や、珍らしい職業の名なぞに注意ばかりしていた。
所謂理智の逞ましさにかけては、文壇でも菊池の向うを張れる人は、数えるほどもないに違いない。
何時か雨の降る日に、菊池と外を歩いていたことがある。
僕はその時、ぬかるみに電車の影が映ったり、雨にぬれた洋傘が光ったりするのに感服していたが、菊池は軒先の看板や標札を覗いては、苗字の読み方や、珍らしい職業の名なぞに注意ばかりしていた。